アホトピア

イタリアマフィアは、消す相手に贈り物をするといいます。。それに倣って、笑い者にする相手に贈り物をしているかもしれません。もしかして贈り物をもらってないですか?、心当たりがないのに。

アホトピア滅亡から再興まで。

皇帝ともちか一世の即位によりアホエンパイア朝が開かれ、アホトピアは滅亡した。

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↑ともちか一世またはボンボン帝の御真影

 

彼の最初の仕事は、彼の自慢話と責任回避の言い訳を臣民に聞かせることであった。この結果、彼は後世にボンボン帝と諡号されることとなる。ここで当時の資料から、彼のその演説を引用しよう。

「…おいら、いや、チンは、大卒だから、この営農組合に就職して一年目で、営農の田んぼの場所と持ち主の名前を覚えた。また、おいら、いや、チンのばぁちゃんの葬式の時に日銀総裁が来た。また、おいら、いや、チンの従兄弟は防大卒のエリート。おいら、いや、チンの弟は、ハッカーでFBIに追われてて、電通に就職したが、現在は事故で瀕死の重傷。

おいら、いや、チンが担当していた桃が失敗したのは、泥棒に盗まれたし、みんなが協力しなかったから。コメの直販を一年でやめたのは、誰も協力しなかったから。…」。

この演説は、アホエンパイアの臣民にも、失笑と嘲笑で迎えられることとなった。そして皇妃アホリは、この演説に愛想を尽かし、即位の翌日愛人を作って失踪したのである。だが、ともちか一世、すなわちボンボン帝は、この事実をひた隠しにし、臣民に対しては次のように釈明した。

「皇妃アホリは、農業をバカにするようなことを述べた。これは農業に関わるものとして看過できず、おいら、いや、チンは皇妃の廃立を決定した。」

しかし、この釈明にも関わらず、臣民の間には、皇帝は皇妃に捨てられたという噂がまことしやかに流れることとなった。噂の出所は定かではないが、おそらくジョークとして流布していたものであろう。しかし、この場合、ジョークが正鵠を射ていたのはなんとも皮肉である。ボンボン帝の人となりがわかるエピソードではあるが。

こうしてアホエンパイアの成立により、何かが変わりそうな気配は全くなく、結局、ボンボン帝の治世は、わずか3日で崩壊することとなる。なぜなら、口先だけで何もできなかったからである。だが、この代償は大きかった。後継者が誰もいなかったからである。結局アホトピア滅亡から、アホエンパイアの勃興と崩壊、そしてアホトピア再興までの間に多くのアホが死に絶えてしまったのである。全ての悲劇の元凶は営農組合しか知らぬ、女に捨てられた40間近のおっさんには、結局名古屋のパパママの脛をかじってホラを吹いてるしか能がなかったことであった。